脳卒中》とにかくすぐ救急車‼️
こんにちは。
「とにかくすぐ救急車を呼ぶ!」
起こすと、られつが回らなくなったり言葉が出にくくなったり(一瞬間が空いたり)、左右片方の体を支えられなくなり崩れ落ちるように倒れたり(それでも何かをしゃべっていたりするのですが)、しますよね。
目の前で一緒にしゃべっている人にそのような症状が見られたら‥
すぐに「♯7119に電話」
または119(救急車!)に電話です。
「自分たちは大丈夫」
「人の世話にはならない」
「子供に教わることなんて無い」
「スマホ(携帯電話)を使う習慣がない」
「え?救急車??必要ない」 「料理が出来なくなり部屋も散らかり放題、同じものが幾つもあるのに認知症だと認めない」 /p>
そういう高齢者は本当に怖いです。
愚かで怖いです。
(お父さんゴメンね。今回の件はそうなんだよ)
様子が変(倒れてる)。だけど人の世話にはなりたくない。なに、大したことはない、そう思って時間が経過するうちに、その5分、10分のうちに脳がどんどん壊れていく。
あと5分早ければ「脳の壊れ具合」がもう少し軽く済んだかも(機能が残ったかも)、と強く思います。医者じゃなくても間違いは言ってないと思います。
両親と離れて暮らしています。
どのくらい離れているかと言うとドアtoドア
(飛行機を使って)で5時間です。
話を聞いて「ああ、母がご近所で倒れてすぐに父が『こりゃまずい』と思ってくれてたら‥」と今でも思います。
母は崩れ落ちたあとも何かレロレロしゃべっていたようで、駆けつけた父は「(さあ立って)早く家に帰ろう」と促していたようなのです。父に知らせてくれた人が「ご主人、救急車を呼びましょう!」と持っていたスマホで呼んでくれたそうです。
母は入院。病名は「右脳皮質下出血」。
右脳の出血なので、左半身麻痺で期限ギリギリまで入院させてもらい、作業療法士・理学療法士・言語聴覚士の方のリハビリを受けましたが、改善せず、老人施設への入所となりました。
なんとか入院中と同等かそれ以上のリハビリが受けられないかと思い、地域包括支援センターの方に尋ねてみましたが、もしそれを望むなら退院後は個人で雇うしかない=分かりやすい言葉で言うと「脳梗塞後の長島茂雄のリハビリのような事例」のイメージとのことでした。父はそれでも入院当初「いつごろ良くなって帰ってくるんだろう?」「家を改装(スロープとか)することになるだろうか」と話していたので、
「お母さんは2度とこの家に戻れない」と伝えなければなりませんでした。
本当に残酷です。家の設計や設置してあるものすべて母が選んだその空間に、二度と帰ることが出来ません。父と共に庭いじりをしていて、「今度はあそこをこういう風にしよう」と考えていたと思うのです。それからご近所さんのところに行って‥それが長年過ごした家での最後に、突然、なるのです。 入院後すぐにコロナの影響が広まって、父は面会ができなくなりました。
高次脳機能障害をお持ちの医師、山田規畝子(やまだきくこ)さんの「壊れた脳、存在する知」「それでも脳は学習する」「高次脳機能障害者の世界 私の思うリハビリや暮らしのこと」という著書に出会い、生きている限り脳は補い合い、感じようとし続けると確信しました。
父にも送り、とにかく体に触ってさすったり(さすれるところ全部)画用紙に大きく書いた字を見せたり話しかけたり、父もやる気になっていたのですが、そこに来たのがコロナでした。
アクリル板越し、施設がいちばん神経質な時は父は外でガラス越しに母と面会(?)していたそう。
職員の方が「ほら、お父さん来たよ」「〇〇って言ってるよ」と側で伝えて下さっていたようですが、母の「父を認識できない度」は増すばかり。
そして父はスマホを持たないため、職員の方に動画の撮影をお願いすることも出来ず、コロナで飛行機移動できない私は母の様子が一切分かりません。時々施設にお電話して、様子を伺うくらいです。写真を送っていただくくらいです。
脳梗塞の症状や対処法をを知ろうとせず、スマホのような便利な道具を使い仲間や家族とやり取りをする同じ老人をバカにしてきた父と母は、今、もっとも情報弱者です。 バカじゃないけどバカです。
母が倒れる5ヶ月前、帰省していました。 コロナのコもなかった時期です。母は認知症の混乱の中、私に「父に女の人がいるようだ」と訴えていました。かなり必死に。 「父からひどいことをされた」「親戚でこんなことがあった」いずれも「私は被害者側」関係の話でした。どれが本当でどれが本当でないか、確かめようのない話です。
「女の人」の話はまったく違っているわけではなさそうで、父は老人の集まりで出会ったようです。
娘としてはお友達程度の関係で、お金がそっちに流れてなければ良しかな、と思っています。
施設の方が母の写真を送って下さいました。 顔も左半身麻痺の一部なので、笑顔が少し歪んでいます。でも良い笑顔です。たくさん話しかけてもらっているのでしょう。友人も少ないので、人生で今がいちばん他人と接しているかもしれません。友人を選んで「あの人イヤ、この人キラい」と言っていた母に「ね、お母さん、世の中にはいい人がいっぱいいるでしょう?」と尋ねてみたいです。
母が要介護5でほぼ寝たきり(昼間は車椅子)でも、私たちのことが分からなくても、心が穏やかな状態で昼間は周りのことをあれこれ関心を持てて(=どうしても注意力散漫(笑))夜ぐっすり眠れているようなら本当にそれで良いと思います。思えるようになりました。
お母さん、オミクロン株とか「第6波(なんやねんそれ)」とか、大事にならないで、「東京でも20人」「地方はほぼゼロ人」のままいけば会いに行けるので、どうぞお元気で。献立表も時々送ってもらうのだけど、季節を感じるものも取り入れてくれていますね。お母さんの笑顔から「たくさん話しかけてもらってるんだな」というのが分かります。
もし、このブログを読んで下さる人がいれば
「ご家族や、目の前でお話している人に脳梗塞の症状があったら、とにかく1秒でも早く救急車を呼んで!!!誰かを頼って!!」とお伝えしたいです。
処置がなされるまで何分、何秒速いかで、随分違うと思うのです。
オフコースとオサムグッズ
どちらも当時の中高生(オフコースはもっとファン層広いと思うが)に人気だった。
けど!
なんと中学生だった私は、オフコースを「クラスの彼氏持ちの、すごいヤキモチやきの(ちょっと用事でその彼氏としゃべっただけで睨んでくるような)、気持ちの悪い女がファンだ」という理由で聴かなかったのであり、
高校生の時はオサムグッズを「なんだか信用できないクラスメートが喜んでたくさん所有している」という理由で買わなかった。
今まで誰にも話したことは無い。
CMで小田さんの声を聴いたり、オサムグッズがにわかに復活していたりするのを見かけても、あの頃の気持ちを思い出してしまう。
中高生のころって心の中で毒ついてたりするから、事例は違ってもみんなこういうのあるんじゃないだろうか?
「へ」でもないさ、と思えるまで
ここ3週間、頭から離れないことがあって、yahoo知恵袋、Instagram、YouTube、夫、友人、に助けを求めてもがいていた。
頭から離れないんだから、仕方ない。
私に意地悪する人の心理は??
その、意地悪する人のことを考えてる間、相手は何も考えずにあくびとかしてるよ、と分かっていてもそんなに簡単に「じゃ気にしないようにしよう」と思えるものでもない。
本当に少しづつ、「そうと決めつけない」
(意地悪されてると決めつけない)、
とか、
「あなたに自覚がなかったとしても、相手から見てうらやましいものを持っている、またはあなたの活躍を妬んでいる」→ふーんそうなのかぁ、とか、
相手のよいところを見る→「あんなことをしてくれたこともあったよねー」とか、
考えてる日々の中でまた「それっていぢわるじゃないの??」ってこともあったりして
毎日毎日何をしてても頭から離れない中でいろんな気持ちになりながら、
決して甘やかさないのに、励ましてくれる
知らない人たち(SNS)、知ってる人たちに
囲まれて。
だんだん「立ち直るまでの時間」が短くなってきました。
「一旦気にするけど、いつまでも気にしない」
「自分のまま居れば、次にその人たち(意地悪する人ね)に会うのが嫌じゃなくなる」
「私が『意地悪されてるのを感じる!』って伝えなくても、私のことを分かってくれる人が必ずいる」
伝えたら「世の中自分の思い通りになることのほうが稀だよ。どこの団体に行ってもそういう人はいる。俺もうまく立ち回れない方だけど」と慰めてくれる夫。
意地悪する人、他の人に分からないように意地悪する人、「私は心の底では認めない」よ。
肝心な時に、何も言わずに、私はあなたたちを心から外します。
それができるようになってきた。
いくところまで行くと、考えて考えて考え抜くと、知らない間に良い人に出会いながら心が鍛えられたんだな。
つらいことはこれが終わりじゃないだろうけど、「いつか抜けられる」ことが分かっていると、幾分ラクできるかなと思う。
悔しいなぁ悔しいよ
なんでこうなっちゃうの?
悔しかったことを夫に話しながら、一緒にいろいろ原因を模索する。夫は割とお気楽に考えながらも「こうしてみたら?」のヒントをくれる。「確かに!それ、言えてるね」「マジやってみようかなぁ」と思えることもある。
うまく行く日が来たら、その時は夫に抱きついてしまうかもしれない。
本当の本当の(自分のドロドロしたところも)心底の気持ちを、夫には聞いてもらうから。
見ててよ。
結論が出ないままの人間関係
夕方、近所の街路樹の紅葉でも観ようと思って20分くらいの予定で散歩に出た。
最後にお会いしたのがいつか、覚えていない
子供が同級生のお父さん(Tさん)が、おうちの前に出ているところに偶然出会った。
「お久しぶりです。お元気ですか」から始まり、お年賀でTさん宅が犬を飼い始めたことを知っていたので、ご家族とワンコが元気にしておられるか尋ねてみた。
ご家族のことを「今〇〇を目指してがんばっています」とか「犬を飼ったら、コロナで家族が家に居て参ってたので奥さんが一番喜んでいる」「子供が運転免許を取りに行っている」という話はしてくれるけど、
Tさんと話すと、いつものことだけど
(たまにしか会わないのに「いつもの‥」というのもヘンだけど)
「ところで〇〇ちゃん(うちの子供)は元気ですか?」「下のお子さん何年生でしたっけ?」とか、とにかくこちらのことは、なーんにも聞かれないまま終わってしまうのだ。
興味がない、興味を持ってもらえないのは構わないのだが、あまりの「自分の家族のことだけで会話が終わってしまう」ことの連発で
夫も私も、Tさんに会って話をすると(2、3年に一度だとしても)妙に疲れてしまっている気がする。
「あの人と話すと疲れるよね」という話はしたことがないけど、夫から(これも多分4年くらい前の出来事)
「今日帰り道に偶然Tさんに会って、途中まで一緒に歩いて帰ったけど、〇〇くん(息子さん)は会計士目指して専門学校行ってるんだって。歩いてる間中ご家族の話をたくさんしてくれたので、最後にうちはこんな感じです、って話しといたよ」
と聞いたのを思い出した。
YouTubeや実用書で「終始自分や自分の家族や自分の会社の話で、相手のことを聞こうとしない(相手に興味を示さない)人は避けても良い人間関係」であることを聞いて、
そうかもしれないなぁと思っていたところだったので、そのTさんだけじゃなく、あの人もそういうところあるよなぁなどと思いながら
「別に大切にしなくてもいい関係なのかも」
と思っている。次にまた偶然出会った時に、「やっぱりいらん」と確信することかもしれないし、意外にこちらのことを聞いてきたりして「いやいややっぱりいい人なのかも」と思い直すのかもしれない。
「もしかしたらこうかも」と結論を出さずに「でもなんだかなぁ」を引きずったまま進むしかない人間関係はいくつかある。
YouTubeで様々な考えに出会う
鬼の首を取ったように言うつもりもないし、もう活用している人はゴマンといることも分かっています。
だけど言いたい。
スポーツをやっていたり
子供との生活、パート勤務、
人間関係で
何か「困ったな。どうしよう」にぶち当たった時、YouTubeで検索すると必ず「今の私にぴったり😭」の有効な教えに出会うことができる。
勇気づけられるのは「こうして事態を克服(改善)」したよ」という「やり方」を惜しげなく教えてくれているのはもちろんのこと、「自分とは違う場所で、違う年齢で、違う立場で、自分と同じ目に遭った人がいたんだ」ということ。
「あきらめない、くさらない、のは私の自由だ」と考えられるようになってきた。
ここに来るまで、本当に長かった。
夫やたまにしか会えない友人、プラスYouTubeのおかげでようやくここまで来れた。
飲み会は実は苦手です
飲み会(食事会)は4人まで。
6人になると端と端の人は声が届かなくなり、3と3に話題が分かれて、結局集まったけど近況など聞けずに終わってしまうこともある。それ以上になるともう終わるのを待つしかない。
4人なら「今話している人」中心にみんなで話せるし、よっぽど自己中の人がいない限り万遍なく全員が話をしたり聞いたりできる。
「いつでも集まれる」なんてことはなくて、
みんな時間を合わせて店を予約して、突発的なことが発生しなくて‥そこに集える。
貴重な時間なんだから、なるべく発言機会は平等の方が楽しい、と思ってしまう。
自分の分からない話題で盛り上がりすぎて、それが1時間2時間と続く飲み会は、お尻が痛いだけで、苦痛。